佐藤興業株式会社

受け継がれるもの。 創業物語

東洋精器(機械)広島工場/1938年/(株)竹中工務店/広島県
東洋精器(機械)広島工場
/1938年/
(株)竹中工務店/広島県

第一生命保険相互会社日比谷新館/1938年/清水建設(株)/東京都
第一生命保険相互会社日比谷新館
/1938年/
清水建設(株)/東京都

佐藤興業の歩みは、日本における塗装史そのもの。1892年(明治25年)に神奈川県で生まれた創業者佐藤宗平は、17歳になると少しの衣類が入った籐作りのバスケットとわずか5円を持って、我が国塗装工の始祖ともいえる市川吉兵衛(2代目市川亀吉)の門を叩きました。その後すぐに、市川亀吉直系の小山玉之助に師事し、26歳の時金沢にて独立の第一歩を踏み出しました。それからは卓越した技と研究心で、日本古来の宮塗装の漆・渋塗などに西洋流の技術を加え、独自の新しい技術の発展に大きく寄与しました。


信用を大切にした彼は「技術でつながる」ことを信念とし、生涯にわたって技術の確保・向上に尽力しました。現在、私たちがハイグレード&ハイクオリティを技術の柱に掲げているのも、創業者である彼の信念が受け継がれてきた結果にほかなりません。また、彼は後年「失敗してもバスケットと5円くらいは残るから心配するな」と息子たちを叱咤激励しましたが、そうした積極果敢なチャレンジ精神とポジティブな姿勢もまた、社風として色濃く受け継がれています。


現在おかげさまで佐藤興業は、建築塗装工事の完工高では業界でも一流の実績を誇り、その技術にも高い評価をいただいています。そしてこれからも技術と信頼をことのほか大切にした創業の心を忘れずに、日々努力を重ねて参ります。



.